カテゴリ:デビューするまで( 12 )

発表会後

発表会で人前で歌うという緊張するも、それがとても楽しいという味をしめてしまった。

それからは結構自分で歌いたい歌も探すようになった。

今までは先生から「この歌を歌ってみたら」という提案だけを受けて

先生の弾くメロディーを聴いては、ああ・・・いい歌だしやってみます

という形をとっていた。

それに私は自慢ではないが、まったく勉強しない生徒だった。

シャンソンを習っている割には、シャンソンの曲を全然知らない。

他の歌い手さんのライブにも殆ど行ったことがない。

これじゃ、本当に歌う事に情熱があったのか!?と疑問を持たれても仕方ないと思う。



この頃練習したのがエディット・ピアフの「群集」だった

マルディグラやリオのカーニバルのような人々が熱狂して踊り続ける祭り

その中で偶然出会う男女。

気がつけば、彼の腕抱かれて踊り いつしか恋に落ちていた。

しかし、人の動きが何かの拍子で変わった時に二人の手が離れる

夢中で彼に手を伸ばしても、群集の動きに逆らえずどんどん二人は離れてしまう

彼の名前を呼ぼうにも彼の名前すら分からない

彼に出会って・・・・・・恋をして・・・・そして別れてゆく  

なんどシャンソンとはドラマティックなものか。

ちょうどこの時自分もちょっと恋をしていた時期だったので

なんとなく、その苦しい思いを重ねて歌ったりしていた。

ちょっと歌えるようになった人に多い現象だが、私も自分の実力は二の次で

歌う事自体が楽しく、また、難しく大きな歌が好きだった。

今になって分かることだが、よく先生も駄目だともなんとも言わずに

見守って育ててくれていたのだぁ。。。 と、感謝。


とにかく歌うこと。練習することが楽しく、移動時間中はいつもレッスン内容を録音した

MDを聞いていた。

自分の声を聞くこと、先生の指示を注意して聞くこと

やはりこれが一番大切だと思う。
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by sarah000329 | 2005-05-20 10:39 | デビューするまで

「始めての発表会Ⅱ」

第10回

「始めての発表会Ⅱ」            
発表会は、ネガポジというライブハウスで催された。

地下のライブハウで、ここでシャンソン歌うの・・?という感じで、ロッ

クやブルース・JAZZにこそ相応しい雰囲気の店だった。

と、いうのもやはりシャンソンというとキレイなドレスを着て奥様方が

歌うというイメージがあったからだ。

他の生徒さん達とは、この日に始めて顔を合わせた。発表会は一部

と二部に分かれて、それぞれ1曲づつ合計2曲歌った。くじ引きで順

番を決めて、まず自己紹介をして曲の名前をいい、歌うという形を

取っていた。

その頃の私は歌詞を覚えるなんてとんでもなく、堂々と譜面台を置

いて歌詞を見ながら歌っていた。歌詞を覚えないとダメだといわれ

ても、どうしても覚えられないし、覚えたとしても緊張で忘れてしまう

だろうというのが私の言い分だった。

人前で歌うのはとても緊張することであった。歌っている人も

観客なんだから。皆、緊張しているんだから大丈夫。と、言われても

なかなか落ち着けない。たしかに、発表会といえども、観客は殆ど無

く、生徒が大半だったように思う。

しかし、同じように歌を習っているもの同士の前で歌うというのも緊張

するお互いあら捜しをするわけではないと解ってはいるが、相手が歌

詞を忘れたり、音程をはずしたりすると、自分のことのように痛い思い

をした。

緊張というのは伝染する。一人がギンギンに緊張していると、それが

全員に伝染し、しまいに伴奏者まで緊張してしまう。

出演者の緊張がこちらまで伝わり、見るほうも緊張して肩に力が入

っていた。

私も死ぬほど緊張しながらステージにたった。

マイクを持つ手が震えて、自己紹介する声も震えていた。そして、

その震えを見てまたよけいに緊張して今度は脚が震えた。その震え

を隠すためにやたらと体を動かしながら歌ったような気がする。

しかし、一度ステージに立って歌い始めてしまうと、途中からは緊張

するということすら忘れて歌っていた。そして、気がつけば歌い終わ

って拍手をもらっていた。嬉しいことに上司が花束まで持って来て

くれていた。

この時の発表会がステージに立つ魅力を私に教えてくれた。

ステージに立って歌う。自分の今までやってきたことを、せいいっぱ

い表現する。

これが私を虜にした。

歌い終わってあの拍手をもらう瞬間、それは何物にも変え難い!
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by sarah000329 | 2005-01-26 09:42 | デビューするまで

初めての発表会Ⅰ

「始めての発表会」            

練習がとても楽しくなってきた。少しずつ歌のことがわかってきたの

と、声の出し方がわかってきたからだろう。 そして、なんといっても黒

先生の人柄にもあったと思う。一見、性格のきつそうなすこし意地

悪そうな(ごめんなさい)印象を受けるが、教え方は懇切丁寧で、的

確なアドバイスをくれる。それも、きっと先生がピアノだけでなく声楽

やバレエ・日本舞踊等色々なことを勉強されていたからだろう。

歌というジャンルに全くの素人だった私にあんなに根気よく初歩の初

歩から教えるのは大変だったと思う。いつもわかりやすい言葉で

色々な事を教えてくれる。

歌のレッスンではまず、楽譜通りに音程・リズムを全てきっちり歌う

事を教えられた。少しでも音程のズレやリズムの拍子の狂いがあっ

た時などは容赦なく指摘される。そして、それが出来ると今度は歌詞

を付けて歌うことに入った。最後に全体の歌詞を通して曲の表現とい

う方法だった。この歌詞の表現に入ると、今までの厳しさとは一変し

て、まるで人生口論のような事ばかり言うのである。よくもこんなに面

白い言葉が次から次へと出てくるものだと思うことがよくあった。

そして、彼女には「音痴!」といってよく笑われたものだ。(今も私の

音痴は直っていない。友人にあんたそれでもほんまに歌手かと言わ

れている。)

教室に通い始めて3ヶ月くらいたった頃教室のボーカル部門の発表

会があるという事を聞かされた。発表会は子供の時に習っていたピ

アノでもあったが、もう、それはそれは苦手だった。緊張しまくって手

に汗をベタベタにかいて、出演間際までいつもハンカチで手をずっと

拭いていた記憶がある。

まして今度は歌である。人前で歌うなんて恐ろしい・・・。 しかし、全

員強制的に出場するとのことで、発表会で歌う曲を決めるように言わ

れた。一人2曲割当てだった。自分にどんな歌が向いているのか、ま

た、どんな歌があるのか相変わらずあまり知らない私は、シャンソン

以外から他の1曲を選んだ。マライア・キャリーがカバーしていた、

元歌はニルソンという60年代の歌手が歌っていた「Without You」と

いう曲である。

この歌は高音部分でかなり押して歌い上げるので、かなりの声量が

いった。私にとっては苦手な分野だ。この歌を歌うために必死で練習

した。3日ほど前までは、なんとか苦しいながらも高音部分がちゃん

と出ていたのに、直前になって風邪をひいてしまったのだ。

鼻水から始まって、喉のほうに進行して、喉が腫れ上がり、声がガラ

ガラになってしまった。耳鼻科の先生に泣きついたが、元の声には

戻らなかった。緊張と練習のしすぎから直前に風邪をひくなんて、最

悪の事態である。この癖はいまだに直っていない。喉のコンディショ

ンを整えながら歌う歌手にとって一番大切なことが、私にとっては一

番苦手なことである。

医療費を一定金額以上使用すると、保険から「見舞金」が支給され

るが入社して始めて、その見舞金をもらった。

それくらい、風邪と私は相性がよかったらしい。
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by sarah000329 | 2005-01-16 19:15 | デビューするまで

WENDYでのレッスン

「Wendyでのレッスン」          2002/4/23

黒木先生は、ラッキーな事に私が歌ってみたいと思っていたシャンソ

ン専門のピアニストさんだった。神戸では、シャンソニエで歌手の方

の伴奏もされていたらしい。黒木先生のレッスンは基本的なことを

初心者の私達にとてもわかりやすく説明してくれることから始まった

発声練習の大切さ。喉に負担をかけずに複式呼吸で声を出すことが

透明な声を作る事や喉を壊さずに長く歌える事に繋がるということを

教えてくれた。ボイストレーニングにかける時間はなかなか長く、いつ

も1時間の レッスンの中で30分は必ず声を出すトレーニングをした。

喉を開いて歌うという事が初心者の私にはなかなか理解できなかっ

た。喉声とお腹からの声は違うと何度説明され、先生が実演してくれ

ると 違いはわかるのだけど、いざ自分が実行するとなると、どうした

ら喉声にならずに透明な声が出るのかが解らなかった.。音階が上

がっていくにつれて、喉声の私は鶏を締めたような声に なっていった

窓ガラスをひっかくのと同じくらい耳障りだったのではと思う。

寝転んでお腹に力を入れる練習をしてみたり、水をいれたバケツを両

手に持っているイメージで、両足に力を入れて、ふんばり上半身の力

を抜いて、声を出したり。まず、喉声を直す練習に明け暮れた。それ

が、ある日ふとしたことでなんとなく喉を開く感覚がつかめた。あくび

をした時の喉の状態で「あーーー」と出した声がそれだった。

「その声が開いている状態だからその感覚を覚えておきなさい」と言

われた。一度なんとなく感覚を覚えてしまうと、あとは少しづつ覚えた

処の音を 基準にして、音階を広げていく作業をした。そしてだんだん

と高音も喉 を開いた状態にして出せるようになってきた。その頃課題

曲として、私が練習していたのはエディット・ピアフの 「パダン・パダ

ン」という曲。 私がずっと歌いたかった迫力のある唄だった。この曲

の「パダン・パダン」とは心臓の鼓動のことで、エヂット・ピアフ が口

ずさんでいたのをコンテが聞き、それに詞をつけたというエピソードが

あるヴァルス・ミュゼットというジャンルになる


「パダン・パダン」
私の心にしのびよる音は 遠くの空から聞こえる足音
その音聞くたびに 心の奥まで妖しくみだされて
私はおののき いつも ふるえる

パダン パダン パダン 私をおいかけて
パダン パダン パダン せまりくる足音
パダン パダン パダン 私を悩ませる 
昔聞いたような 不思議な足音よ

私の心につきまとう音は 忘れた過去まで呼び出す足音
聞こえぬふりしても 耳をおさえても
私をとりまいて おびえた心を 強く さいなむ

パダン パダン パダン 私をおいかけて
パダン パダン パダン せまりくる足音
パダン パダン パダン 私を悩ませる 
昔聞いたような 不思議な足音よ

ふりはらってもなお 追いすがる足音
苦しみに疲れた 心をかきむしる音
あの足音よ
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by sarah000329 | 2005-01-12 13:48 | デビューするまで

初めての発表会 Ⅰ

「始めての発表会」            2002/6/3

練習がとても楽しくなってきた。少しずつ歌のことがわかってきたの

と、声の出し方がわかってきたからだろう。 そして、なんといっても黒

木先生の人柄にもあったと思う。一見、性格のきつそうなすこし意地

悪そうな(ごめんなさい)印象を受けるが、教え方は懇切丁寧で、的

確なアドバイスをくれる。それも、きっと先生がピアノだけでなく声楽

や色々なことを勉強されていたからだろう。

歌というジャンルに全くの素人だった私にあんなに根気よく初歩の初

歩から教えるのは大変だったと思う。いつもわかりやすい言葉で

色々な事を教えてくれる。

歌のレッスンではまず、楽譜通りに音程・リズムを全てきっちり歌う

事を教えられた。少しでも音程のズレやリズムの拍子の狂いがあっ

た時などは容赦なく指摘する 。そして、それが出来ると今度は歌詞

を付けて歌うことに入った。最後に全体の歌詞を通して曲の表現とい

う方法だった。この歌詞の表現に入ると、今までの厳しさとは一変し

て、まるで人生口論のような事ばかり言うのである。よくもこんなに面

白い言葉が次から次へと出てくるものだと思うことがよくあった。

そして、彼女には「音痴!」といってよく笑われたものだ。(今も私の

音痴は直っていない。友人にあんたそれでもほんまに歌手かと言わ

れている。)

教室に通い始めて3ヶ月くらいたった頃教室のボーカル部門の発表

会があるという事を聞かされた。発表会は子供の時に習っていたピ

アノでもあったが、もう、それはそれは苦手だった。緊張しまくって手

に汗をベタベタにかいて、出演間際までいつもハンカチで手をずっと

拭いていた記憶がある。

まして今度は歌である。人前で歌うなんて恐ろしい・・・。 しかし、全

員強制的に出場するとのことで、発表会で歌う曲を決めるように言わ

れた。一人2曲割当てだった。自分にどんな歌が向いているのか、ま

た、どんな歌があるのか相変わらずあまり知らない私は、シャンソン

以外から他の1曲を選んだ。マライア・キャリーがカバーしていた、

元歌はニルソンという60年代の歌手が歌っていた「Without You」と

いう曲である。

この歌は高音部分でかなり押して歌い上げるので、かなりの声量が

いった。私にとっては苦手な分野だ。この歌を歌うために必死で練習

した。3日ほど前までは、なんとか苦しいながらも高音部分がちゃん

と出ていたのに、直前になって風邪をひいてしまったのだ。

鼻水から始まって、喉のほうに進行して、喉が腫れ上がり、声がガラ

ガラになってしまった。耳鼻科の先生に泣きついたが、元の声には

戻らなかった。緊張と練習のしすぎから直前に風邪をひくなんて、最

悪の事態である。この癖はいまだに直っていない。喉のコンディショ

ンを整えながら歌う歌手にとって一番大切なことが、私にとっては一

番苦手なことである。

医療費を一定金額以上使用すると、保険から「見舞金」が支給され

るが入社して始めて、その見舞金をもらった。

それくらい、風邪と私は相性がよかったらしい。
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by sarah000329 | 2002-06-03 23:31 | デビューするまで

新しい教室

「新しい教室」             2002/3/26

新しい教室を探している時に、

大学からの友人に「歌を習いたいと思っている」と話した

ところ、彼女が以外にも「実は私もずっと音楽をやりたい

と思っていたの。一緒に探そうよ」という返事を返してく

れた。 二人で一緒に習い事を始めれば、なにかと心丈夫

で、飽き性な私にとっては、一人よりは二人で同じ目標を

持ってお互い励ましあってした方が、刺激にもなるし長続

きするだろう。ということで、二人で探し始めた。

しかし、場所がとても遠いところにあったり、受講料が

高すぎたり、なかなか条件に合うような教室は見つから

なかった。友人に尋ねたり、インターネットで探してみて

もこれというようなものが見つからないままに数ヶ月が過

ぎた。

なかばあきあらめかけていた時に、ついに彼女が

「けいことまなぶ」から『Wendyヴォーカルスクール』と

いうところを見つけてきてくれた。

場所は会社から徒歩1分と申し分のない立地条件である。

電話で問い合わせたところ、体験レッスンがあるのでお越

しくださいということだった。早速、友人と二人で体験

レッスンに出かけた。まず、始めに発声練習から入った。

二人のキーの高さや声質のチェック。

そして、発声練習の大切さや、歌うときの声の出し方と、

喋る時の声の出し方は違うことや、いきなり歌いだすと声

帯に無理をかけてしまうので、必ず発声練習で喉を暖めて

から歌うようにすることなど、基本的なことをとても丁寧

に説明してくれた。

そして、いよいよ歌を1曲歌うことになった。

先生が体験レッスン用に準備してくれていたのは、

「異邦人」という曲だった。久保田早紀が歌ってヒットし

た曲である。懐かしい曲を二人で歌う。

U先生の所を辞めてしばらく歌を歌っていなかった私に

とって久々にこうして生のピアノで歌えるのがとても楽し

かった。

約1時間のレッスン時間がもても早く感じた。

終って、「今日の体験レッスンを元にスクールに通うか

どうか、またお返事して下さいね」といわれ、教室から待

合室のほうに移動し、そこで、スクールのオーナーから料

金制度や時間割等の詳細を説明してもらったプライベート

レッスンとセミプライベートがあり、二人で始めるのだか

ら、でセミプライベートから始めるのがちょうどいいだろ

うと思い、友人とペアでスクールに入学する事を決めた。

この時に出会ったのがK先生である。

まさか彼女とのこの出会いが私の歌の方向に大きな変化を

もたらすことになろうとは、予想もしなかった。


「異邦人」(1979年) 久保田早紀 作詞・作曲

子供たちが空に向かい 両手をひろげ
鳥や雲や夢までも つかもうとしている
その姿は きのうまでの何も知らない私
あなたに この指が届くと信じていた
空と大地が ふれ合う彼方
過去からの旅人を呼んでる道
あなたにとって私 ただの通りすがり
ちょっとふり向いてみただけの異邦人

市場へ行く人の波に 身体を預け
石だたみの街角を ゆらゆらとさまよう
祈りの声 ひずめの音 歌うようなざわめき
私を置きざりに 過ぎてゆく白い朝
時間旅行が 心の傷を
なぜかしら埋めてゆく 不思議な道
サヨナラだけの手紙 迷い続けて書き
あとは哀しみをもて余す異邦人
あとは哀しみをもて余す異邦人
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by sarah000329 | 2002-03-26 20:20 | デビューするまで

悩み

悩み                     

どんな曲が歌いたいのか自分でもよくわからないのだが、でも先生

が選んで 下さるのは、聞いてみて、歌ってみて、どうも自分に合って

いないような気 がして仕方がなかった。 「サントロペ」のママに相談

すると、「先生は、ちゃんとその人を見ているから、今は合ってないと

思っても時間がたてば自分に合ってたんだなと思うときもあるよ。私

もそうだったよ。」と言ってくれた。先生が選んでくれるのは、どうもふ

わっとして感情表現をしようにもこれといったサビもなく、歌い上げる

ところもなく、どういう風に歌っていいのかまったく解らなかった。この

、歌の内容を理解し、伝えることができないというのは今だに私の欠

点になっている。 先生が選んでくれた「夢の中に君がいる」も「昔の

歌」もどうも自分の好みにあわず仕上げる事ができなかった。あと、

どうしても気になったのが発声練習の事である。 シャンソンというと、

低い声でささやくように歌うようなイメージがあるが私は、自分の音域

を広げたり、声量を大きくしたりしたかった。きれいな高い声で歌いた

いという願望があった。 上田先生のレッスンにはその発声の練習の

時間がなく、声のウォームアップができていないうちに歌唱の練習に

入るので、もっと根本的な発声の練習をしたかった。声の出し方がこ

れでいいのかどうかがわからなかった。 上田先生は自分にはきっと

高尚すぎるのだと思った。基本が出来ている人はいいのかもしれな

いが、声の出し方すら理解できていない私には、まだまだ歌を表現

するということすら無理だという結論に自分で達して、もっと基礎的な

事を教えてくれる新しい先生を探すことにした。上田先生にはもっと

自分が段階を上がれた時にもう一度レッスンをお願いしようと思った
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by sarah000329 | 2002-03-20 22:15 | デビューするまで

「昔の歌」の練習が始まる。

「昔の歌」の練習が始まる。       2002/2/20

古いアルバムと一緒に見つけた  昔の歌
黄ばんですり切れよごれた楽譜よ 昔の歌
愛にあふれた懐かしいメロディー あの頃の二人

目に浮かぶピアノを前に あなたの笑顔が
あふれる若さと花束に満ちた  あの頃の二人

もう仕舞いましょう想い出とともに 昔の歌
色の少しあせた写真とともに    昔の歌
ララララララ・・・・・      あの頃の二人

破れた窓にうつ雨が まだ歌っている
遠い昔の見果てぬその夢  懐かしいあの歌


練習嫌いで、勉強不足の私は、シャンソンにどういう曲があるのか

ほとんど知らない。なんで歌を習っているのだろうと思うくらい 練習

はしない。勉強は嫌いの超劣等生だった。

しかし、なぜか高校時代に友人から「金子ゆかり」の銀巴里でのライ

ブのテープを借りて聞いていたので、その中に入っている曲はなん

となく覚えているのもあった。 その頃に聞いていた曲といえば、ロッ

ク,JAZZ,クロスオーバー等の軽めのものばかりだった。日本語の

歌詞のあるものよりもメロディーの美しい曲の方が好きだったが、不

思議と何度も聞いていると心に残る 曲・好きになる曲もあるもので、

自分に経験のない大人の愛を歌ったも のでも今までの恋愛に当て

はめて、切ない気持ちになった覚えがある。

いい歌というのはジャンルに関係なくに聞く人の心に響くものらしい。

シャンソンというのは本当に全体的に大人の歌で、金子ゆかりの「再

会」という曲などもそうだが、昔別れた恋人と偶然再会した女性 が彼

に「おひさしぶりね。あれからどうしていたの?」と呼び掛けて、 再会

を喜ぶ。しかし、彼にはすでに奥さんがいた。そして、話をするうちに

、彼の中に彼女への想いは少しも残っていない ことを知り、彼女は

今もまだ自分が傷ついているのを思い知らされる。 そして最後に一

言「今でもあなたを愛しているのよ」と、独り言のよう に呟く。歌はが

ーーっと歌い上げるものだという先入観があったから。歌うような、ま

るで相手がそこに実際にいて話しかけているような歌い 方というの

がとても新鮮だった。

今回の「昔の歌」も少し大人の愛の世界を歌ったものだ。

若い頃の恋人が作曲した歌の楽譜を偶然に見つけて、その頃の幸

せな想 い出にひたるが、ふとまた現実に引き戻される。しかし、また

何時の間 にか想い出の世界に戻ってしまう。 過去と現実の距離感

を表現するのがとても難しい歌だった。この歌も サビがあまりないと

いうか、盛り上がりがあまりないようなボーッとし たような歌に感じる

サビがはっきりしない事は決してないのだが当時はそんな風にしか

感じられなかった。感性が無かったのだろう。 他の生徒さんの歌は

、結構どれも華やかで歌い上げる感じの歌で、そんな歌がいいなぁ

~と心のどこかでいつも思っていた。

モチロン自分の実力は関係なしに。
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by sarah000329 | 2002-02-20 14:40 | デビューするまで

嫌いな課題曲

「嫌いな課題」               2002/2/5

「夢の中に君がいる」はどうしても好きになれない。歌詞自体に共感

できないのだから、これはもう仕方ない。そうなると不思議なもので

メロディーを聞いても、何をしても体が「いやだ」と反応してしまう。そう

なると練習にならない。歌っていて自分がいやだと思うのだから、聞

いている方はきっともっと「いや」だろう。「ごめんなさい」と可愛く歌え

ない。私が歌うとその部分がどうしてもご詠歌のように聞こえる。もし

かして、私って実はとっても頑固な性格だったのだろうか?なぜ、

「ごめんなさい」と素直に可愛く言えないのだろう。その気持ちは先

生にも伝わったようで、

「はい。この課題はそろそろ終って、次の曲にいこうか。」と早々に切

り上げてくれた。

一安心!!
 
安心したのもつかの間で、先生が次の課題を探し始める。

「君には何がいいんかな・・・」

つぶやきながら先生が譜面を色々と探している。

あ・・・そうだった。イヤな課題は終っても、まだレッスンは続くんだ。

次にもらった課題は「昔の歌」という曲だった。今回も先生が、

「君も自分の楽譜がいるかな?」と聞いたが、まったく何もわかって

いない私は、「結構です。楽譜があっても譜面が読めないので」と、

その部分を軽く、軽く流してしまったのである。

(譜面というのは、各々が必ず持っている。本に載ってる楽譜のキー

が自分に合うとは限らないので、歌手は、自分の音域にあったもの

に書き直している。また、自分用にアレンジを加えてる人もいる。

スピードや表現方法なども、いつも同じピアニストに伴奏してもらえる

とは限らないので、譜面の中にわかりやすく指示をしておくのは大切

。自分だけのオリジナルの譜面は歌手にとっては宝物である。)今か

ら考えると、よくこんな事を言ってたなと自分でも恐ろしくなる。しかし

、これがどういう意味かわからないほどに、当時は本当に無知だった

。そんな私が今は人前で歌っているのだから、

人生はまったく何が起こるかわからない。
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by sarah000329 | 2002-02-05 14:04 | デビューするまで

感情表現?

「感情表現?? 」             2002/2/1

第2回目のレッスンの日がやってきた。家で練習をしてくるように言

われたが、実はほとんどしていなかったので、とても気が重い。

なんだか、宿題をせずに学校にいった小学生の気分の再来である

先生「家で少し歌ってみた?」

私 「はぁ・・。あの少し。」(ほとんどしてないので、しどろもどろな答)

先生「じゃ、歌詞はある程度覚えたかな?」

私 「エ??歌詞って覚えるものなんですか?」(そんなん覚えんとあ
かんの?)

先生「歌詞見ながら歌ってる歌手は誰もおらんやろ?」

私 「はい・・。」(別に歌手になりたいとは思ってへんのやけどなぁ・・。)

先生「じゃ、歌ってみようか。」

と、いうことで2回目のレッスンが始まった。

「夢の中に君がいる」
ごめんなさい 少女の頃思い出してたの
そんなに 怖い顔して 怒らないで
あの頃 もう私は あなたを愛してた
それだから この歌を繰り返し歌うの
それだから 歌うのよ この歌をいつも
腰に両手をかけて そんな目をしないで
あなたこそ 私の 最後の恋人

探していた人は あなただったのよ
抱かれる時は 私も あなたのものよ
それでも 震えるわ 明日を想えば
やがては 終るのね 二人の恋も
やがては 終るのよ 夢のような恋も
腰に両手をかけて そんな目をしないで
あなたこそ 私の 最後の恋人
ランララー ラララ ラーララ
ラ・ララーラララ ラーララ
あなたこそ 私の 最後の恋人


歌詞の内容は上記のとおりである。何度か通して歌い音の間違いや

音から音への移動の仕方などを注意される。

そして、次に先生が言った一言が、私の脳にとてつもないショックを

与えた。

先生「君ね、カラオケじゃないんだからもっと感情込めて歌えない?ただ、きれいに歌うだけじゃなくて。」

私 「え・・・??」(感情込める?? 感情???)

先生 「歌詞があるでしょ。もっとよく読んで、その感情に自分が浸れないと。まず、出だしの『ごめんなさい』っていう言葉もそんなに、ただ、ぶっきらぼうに『ごめんなさい』ってメロディーに載せて歌うだけじゃなくて、本当に彼にむかって女性が優しく『ごめんなさい』と言っているように歌ってください。それと、2番の『私もあなたのものよ』ってところも恋してる女性が、恋人に向かって『あなたのものよ』と言ってるんやからね。で、一転してそんなステキな恋も『やがては終るのよ』という言葉に結びつけること。」

先生が何を言っているのかは解る。どうしろと言っているのかは解る。

でも、解らないのはどうしたらそんな風に歌えるのかなのだ。

それからは延々「ごめんなさい」というセリフを何度も言わされた。

やっと、OKが出たので、伴奏つきで歌うと、またダメ!メロディーを

ちゃんと歌おうとするあまり、感情が全然こもっていないと言われた

ついに、先生が歌ってくれたが、先生が歌ってくれると、こんなステ

キな歌なのかと思うほど、曲の表情が変化する。聞いてその違いは

解るが、やってみろと言われると出来ない。

30分間のレッスン時間は、またまたあっという間に終った。

帰る道々、レッスン中のテープを聞きながら、ひたすら自己嫌悪に

陥ったのは言うまでもない。でも、歌詞の内容自体が私には理解で

きない。と、いうか、致命的な事がひとつ。この歌詞の内容の気持ち

になれないのである。この歌詞の展開が私には理解できない。こん

な気持ちになったことがない。ごめんなさいから、あなたを愛していた

からこの歌を歌うの。そして、腰に両手をかけて そんな目をしないで

への流れ。2番の流れも・・。同様に「なんで、少女の頃を思い出して

いるだけなのに謝らなくてはいけないの?なんで、彼は腰に両手を

かけてそんな眼をしてるの?そんな目ってどんな目?しかもそんな

盛り上がりもなく、いつかは終るのねって・・・。

なんでやねん???」

こうなるともう人生口論の世界である。歌詞にいちいちイチャモンを

つけている自分が情けない。これはどうも、理解できないというよりは

、好きになれない歌なのだ。好きになれないのに感情なんて込めら

れない。一番初めに習う歌が好きになれないなんて不幸だ!!

ため息とともに 家路を急ぐ。
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by sarah000329 | 2002-02-01 12:49 | デビューするまで